病んでいましたが、その時は良くグロ画像サイトを見てました。
高ぶる希死念慮を抑えるのに、死体画像など効果があったのかも知れないと、今は分析しています。
海外のrotten.comやogrish.comなどを閲覧したり、大学の図書館で検死の本を見た覚えもあります。
喜んで見ていた訳ではないのですが、困った人間でしたね。
「死」という概念は、日常生活から疎まれ阻まれていますが、ワタシはそこに「安心」の様なものを感じていたのかも知れません。
もっと適切な言葉がありそうですが、今はちょっと思いつかないですね。
産まれたからには必ず死ぬ。
ワタシたちは生命を得た瞬間、死に向かって一直線まっしぐらに進んでいくしかないのです。
それは揺るぎない運命。
「死」のイメージと対峙する事で、抑鬱の波をテトラポッドのように打ち消していたのかも知れません。
ワタシが当時通っていた君津中央病院の心療内科の小林先生が仰った「人間、生きる事にそんなに意味はないと思いますね」という言葉と、水木しげる氏の漫画の中で
猫の言った「この世は通過するだけのものだから、あまりきばる必要ないよ」という言葉が、ワタシを希死念慮から解放しました。
まぁ今でも時たま苦しく死にたくなりますけどね。